【倶利伽羅峠】かなり山奥!実際に何があるのか見に行ってきた




どうも、編集長のサクラです。


突然ですがみなさんは、倶利伽羅峠の戦いをご存知ですか?

忘れてしまっている人もいるかもしれませんが、学校の教科書にも載っている有名な歴史的場所なのです。

ではそれがどこにあるのかというと『富山県』、まさかの富山県にそんなすごい場所があるんですよね。

ただ教科書では見たものの実際にどのような場所なのかは気になるところ。

そこで今回は倶利伽羅峠に行ってみて、どのようなところなのか紹介していこうと思います。

目次


1. 倶利伽羅峠
2. 場所
3. 行ってきた
    3.1. 源平倶利伽羅古戦場
    3.2. 火牛のモニュメント
    3.3. 源平供養塔
    3.4. 展望台
    3.5. 倶利伽羅不動寺
4. 八重桜まつり
5. 倶利伽羅源平の郷
6. まとめ


1. 倶利伽羅峠とは

倶利伽羅峠は、富山県と石川県の境にある砺波山の峠のことです。

古代よりここには北陸道が通っており、1183年には源氏と平氏による戦いである「倶利伽羅峠の戦い」がありました。

この戦いは火牛の計により、松明を付けた牛に追われて平氏軍は深い谷に追い落とされ、戦いに敗れたと言われています。




2. 場所

住所
富山県小矢部市埴生

車の場合
小矢部ICより車で17分
金沢東ICより車で36分






3. 行ってきた

ということで、わたしは倶利伽羅峠の入り口にやってきております。

ここは「倶利伽羅源平の郷 埴生口」といって資料館にもなっているところなんです。

最初にここに来てもいいですが、まずは倶利伽羅峠に先に行ってみようと思います。

どうやらここからかなり山道を運転して行くようで、歩行者用のコースもあります。


さすがに歩いて行くには大変なので普通に車で行きましょう。

実際には歩行者コースと道路は同じで、車で進んで行きましたがあまりに人がいないのでとっても不安になります。

一応、途中に看板があるので合ってると信じています。


そうして車で歩行者コースを進んで行くと行き止まりに到着いたしました。

そうです、歩行者コースを優雅に車で進んでいたため、普通に車で進めない道になっちゃいました。

はい、普通に間違えました。もう迷子です。

途中にこのような看板があったので、再度道を確認してからもう一度チャレンジします。


峠を目指している途中には、いろんなモニュメントや看板が現れましたが、まずは峠に行きたいんです。

それと、いち早く人と合流したい一心です。




3.1. 源平倶利伽羅古戦場

そうして源平倶利伽羅古戦場に到着しました。

ここが倶利伽羅峠の戦いがあった場所のようで、景色は全然よくありませんが、ものすごい山奥だということがわかります。

まさに県境です。


このような石像もあって、ここで平家が奇襲される前に本陣を組んでいた場所なのだそうです。

そんな場所に老夫婦がお弁当を食べていました。

これは平家もゆっくりお弁当を食べていたということなんですかね。

いや、源氏に追われているのでそんなことはないでしょう。




3.2. 火牛のモニュメント

また、ここには小矢部市のゆるキャラ「メルギューくん」のモデルにもなっている火牛のモニュメントもありました。

火牛は、倶利伽羅峠の戦いで源義仲が平家に夜襲をかけるときに使用したといいます。

しかも500頭!これが世に名高い奇襲「火牛の計」

普通に襲った方が効率良いような気もしますが、本当にうまくいったなんですかね、話盛ってませんか?


近くで火牛を見ると、夜にはめっちゃ頭に虫が寄ってきそうすね。

火牛の計も実は本当だったか怪しく「平家物語」の7巻にある「倶利伽藍落」には牛が一切出てきていません。

火牛の計が出てくるのは「源平盛衰記」という書物だけなのです。


・数百頭の牛をどっから持って来たのか?

・どうやって、狭い山道を牛が登ったのか?

・角にたいまつを付けたら、牛はびっくりして後退するのではないか?


まぁこれが嘘だったとしても、これだけ長く受け継がれた物語なのだから価値があるのかもしれませんね。

あと上の写真は火牛のサービスショットです。




3.3. 源平供養塔

今度は源平供養塔にやってきました。

ここは夜には恐ろしい心霊スポットになるのでそういう人にはおすすめなんです。

説明によると、火牛の計によって、何百人も死んだ兵士たちの霊が今もなお現れるようです。

そして、旅人を谷底へ引きづり込もうとするらしい。本当かよ。


源氏約3万で平氏が約7万だったのに、それで平氏が壊滅したんですから、それは報われないですね。

あとこれ心霊写真になってないですか?

谷底へ引きづり込まれたくないので、早々に引き返しました。




3.4. 展望台

道路に出ると、今度は展望台がありました。

こんだけ車で山を登ったんだから、たいそう景色が良いに違いないです。

楽しみ!









やっと口が開きました。


ふざけんなぁー!!ふざけんなぁー!!ふざけんなぁー!!


やまびこすら起きなかったので、自分でやまびこを作りました。大自然しかありません。




3.5. 倶利伽羅不動寺

今度は石川県側にある倶利迦羅不動寺にやってきまいsた。

こちらは高野山真言宗の別格本山で、倶利迦羅とは古代インドの言葉で「kulihah」に由来しています。

「福徳円満の黒い龍」を意味し、剣に黒龍が巻き付いた本尊の名前から倶利迦羅山と呼ばれるようになりました。

つまり、ここから倶利伽羅峠の名前の由来になったのですね。


先を進んで行くと、めっちゃキレイです。

こんなところに、こんな綺麗な神社があったんですね。

ぜひ倶利伽羅峠に来たらここに参拝に来てみてください。




4. 八重桜まつり

そんな倶利伽羅峠ですが、春には八重桜が咲き誇っています。

その数はなんと約6,000本であり、倶利伽羅さん「八重桜まつり」というお祭りも開催しています。

また「厄よけ念仏赤餅つき」というイベントもこちらで行なわれて、その光景がこちらです。


なんにもイベントがない日にはのんびりしていたお寺の空間が、この日ばかりはこんなことになっています。

この厄除けの念仏赤餅つきは、古来より疫病の難から逃れられると言い伝えられ、この餅が参拝者に配らるそうです。

美味しいから人気な訳じゃなく、御利益あるから人気みたいですね。
【八重桜まつり】倶利伽羅峠で赤餅食べて厄よけしにいってきた




5. 倶利伽羅源平の郷

また倶利伽羅峠の入り口には、このような資料館があります。

ここには源義仲が倶利伽羅峠の戦いの戦勝を祈願したという「埴生護国八幡宮」もありました。

さらに源氏が本陣を構えた「鳩清水」もあったりといろいろ由緒ある場所となっています。
源平合戦の歴史ある湧水「鳩清水(はとしみず)」


資料館の中はこんな感じで、いろいろ勉強になりますので、倶利伽羅峠に行く前か行った後に来るとまた面白いですよ。

倶利伽羅峠の戦いの屏風絵もあって、こんな感じだったんですね。






6. まとめ

ということで、倶利伽羅峠にはいろいろな観光施設がありました。

山奥ということでアクセスは悪いですが、歴史好きなら一度来てみる価値ありです。

とにかく大自然です。

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