富山県でチューリップが栽培され県花にまでなった理由とは
どうも、編集長のサクラです。
突然ですが、みなさんは富山県の県花をご存知でしょうか?
答えを言ってしまうと、それは「チューリップ」です。
しかしみなさんは、富山県に関してどのようなイメージをお持ちでしょうか。
海の幸や立山連峰のイメージが強い富山県でなぜチューリップなのか・・・気になりますよね?
そこで今回は、なぜ富山県でチューリップが県花になったのかを紹介していきたいと思います。
そもそもチューリップという名前からして、日本の花ってイメージはないですよね。
日本ではないとはわかっているかと思いますが、チューリップが、もともとはどこの国の花か知らない人が多いでしょう。
多くの人はヨーロッパと答えますが、正解は「中央アジア」です。
アフガニスタンやカザフスタンなどでは、今でもチューリップが多く自生しています。
では、なぜ中央アジアの花が富山県の県花になったのでしょうか?
それで、なぜチューリップが富山県の県花になったのか。
まず背景に、富山県は水田ばかりある場所だったというのがポイントです。
冬に雪が降り積もる寒冷地の砺波地方は、水稲の単作(1つの畑で1年に1度作物を作ること)にしか向かない土地でした。
そこで大正7年、富山県東砺波郡庄下村矢木の水野豊造さんは、水田の裏作(米を収穫した後に米以外の作物を作ること)に向く、何か良い作物はないかと野菜や花の種のカタログを見ていたとき、見たことも聞いたこともない花、チューリップを見つけたのです。
そんなチューリップは、江戸時代末期にフランスから日本に入ってきたと言われています。
このときチューリップは貴重な物で、もっぱら上流階級の人たちが観賞するために球根が輸入されていました。
そのためチューリップの栽培が、少しでも家計の助けになると考えられたのです。
実は富山県は、チューリップが栽培されているアフガニスタンと同じような気候をしています。
降水量は違えど、気温の変化はアフガニスタンと砺波市はほとんど同じなのです。
上記の写真はアフガニスタンの様子なのですが、どこか日本を連想させるようにあ風景です。
加えて、富山県は春には日照時間が長く、チューリップ栽培に適した肥沃な土地と豊富で良質な水がありました。
ただ降水量は富山の方が圧倒的に多いため、球根を育てたまま土の中に置いておくと、夏場にカビが生えたり腐ってしまいます。
そこで球根が育つと土を掘り起こして収穫し、洗浄後、乾燥させ、温度や湿度が管理された倉庫で保管し、秋の出荷する方法を考えだしました。
こうして富山県は、チューリップを育てることに成功!
今では日本一のチューリップの球根出荷量大国へと成長し、現在にいたっています。
ということで、富山県がなぜ県花にまでなったのかというと以下の通り。
そんなチューリップですが、富山県では県外だけでなく海外からも観光客が来るイベント「となみチューリップフェア」があります。
→【日本一の花の祭典】となみチューリップフェアに行ってきた
毎年4月の下旬から5月の上旬に行われるイベントなのですが、人生に一度、ここでたくさんのチューリップを見に来てみてください!