なにここ。天神山城跡と魚津歴史民俗博物館

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とやまんが日和みてね!

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どうも、Toyama Media Creatorのサクラです。


魚津市の天神山というところに来ました。

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なんと、ここには、あの上杉謙信が築城という天神山城跡があるんですねぇ。


その時の歴史、ぜひ見に行こうと思います。

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可愛らしい絵のタッチで天神山城跡が描かれています。

わーい!

すごく楽しそう!


まるで、遠足気分です。

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しかし、天神山入口には看板がありました。

「クマ注意」


マジか・・・。




クマちゃんが出て来てくれるなんて、超可愛いんですけど❤

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ぼくは今まで、クマに注意の看板のあるところをたくさん行ってきたが

未だにクマにあったことがありません。


今までは、クマが出ないようにと祈り続けていたのですが

いいかげん全然クマが出てこないので、むしろ、出てこいよ!




心構えだけ一丁前ですが、実際出てきたら、確実に漏らします。

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さて、さっきまで、道路を歩いていたのに

いつのまにやら土の上を歩いています。

間違いなく、遭難する一歩手前まで来ています。


こんなとこに城跡なんてあるのかよ。

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駐車場から歩いて、10分くらいでしょうか。

天神山城跡に到着しました。


ん?

広場?




びっくりするくらい何もありません

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とりあえず、歴史の説明書きがあったので読んでみることに。


安土桃山時代に、上杉謙信が越中攻めの拠点として、天神山城を築城した。

そして、天正10年(1582年)に行われた魚津城の戦いで、織田信長軍と上杉景勝軍との戦いがあった。

景勝は信長に北陸地方を支配され窮地に立たされたが、6月2日に信長が本能寺で明智光秀により討たれ(本能寺の変)、主君の死に驚いた織田勢は全軍撤退した。

しかし、敗北を覚悟した、上杉の側近らは自害。


あと、2日暗殺が早かったら、上杉軍は切腹せずに済んだと考えられている。

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こんなしょぼい広場には、そんなドラマがあったんだなぁ。

ぼくは、切り株の上に座り、殿様になった気分で天神山城跡を眺めた。


まぁ、ぼくには関係ないんだけどね。

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服を着て、切り株を降りると足元には一匹のカマキリがいた。


こいつは、まだ戦っているのだろうか?




さて、魚津歴史民俗博物館に行こう。

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魚津歴史民俗博物館には、歴史民俗資料館と吉田記念郷土館がある。

なんと、両施設とも入館無料だ!


もう、察している読者もいると思うが、改めてぼくが言います。




入館無料というのは、つまり、しょぼいってことだよ!

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企画展として、この日は、戦国のくらしというテーマだった。

これは結構アタリじゃないか?


外装は、まぁまぁボロいけど、気にしません。

中へ行きましょう。

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館内には、まず遺跡調査の成果なんかがありました。

情報によると天神山城跡は、松倉城跡の一部らしい。


マジかよ。

あと、こんなに城跡があるのかよ。


ぼくの体力が持つかわかりませんが、いつか、他の城跡も行ってみたいと思います。

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魚津歴史民俗博物館には、その他、よくわからない武将の鎧が展示されていた。

全部、ひこにゃんの兜に見えるよ。


館内のスタッフのおじいちゃんは、耳が遠いのか声をかけても無視されました。


もう、慣れっこです。

むしろ、耳が遠いおじいちゃんは、富山あるあるです。

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さらに、3人の作品も展示されていました。

テレビ発明の先覚者である川原田政太郎博士

稲の研究者である盛永俊太郎博士

アンテナ・超短波の研究者である宇田新太郎博士


魚津にゆかりのある3人の博士の名前に「太郎」がつくことから「魚津の三太郎博士」と呼ばれています。




「魚津の三太郎博士」ってダサ過ぎでしょ。

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魚津の歴史を知りたい人

上杉謙信に興味がある人

魚津の三太郎博士が気になって夜も眠れない人


ぜひ、天神山に行ってみてください!

おすすめはしません。


大きな地図で見る

ADDRESS 富山県魚津市小川寺1070 ‎‎
TEL 0765-31-7220
OPEN 9:00~17:00
CLOSE 12月1日~3月30日

この記事の著者

SAKURA右足のくるぶし

1988年生まれ。
おっぱいが大好き。
ふざけた文体が目につきますが、本人はいたってふざけております。

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