富山県で最初に起こった場所と原因とは「米騒動発祥の地」

フェイスブック

ツイッター

とやまんが日和みてね!

sndn

どうも、Toyama Media Creatorのサクラです。


それは、日本人なら、誰もがよだれをたらして求め続ける食材。

そんなお米が、めちゃくちゃ高い値段になってしまうなら。


あなたは正気を保っていられるだろうか?

DPP_2924

ぼくなら正気を保つどころか、発狂して全裸で踊り狂って死んでしまうでしょう。


ただ、1918年7月22日の夜。

事件は起こってしまった。


その名も、「米騒動」

スポンサードリンク

今回は、そんな米騒動発祥の地にやってきました。

DPP_2923

その場所は、富山県魚津市。


うん。

きっと、米騒動発祥の地というモニュメントも立っているから間違いないでしょう。


ただ、そんな発祥の地を訪れる前に、まずは米騒動が起こった原因について説明しましょう。

DPP_2926

ことが起こったのは、1918年7月終わりから8月はじめにかけて。

その時期に、お米が高騰しました。

これは、資本主義の発展が背景にあります。


第一次世界大戦が終わって戦争好景気が残っている中、都市部では人口が増加し、農家を辞め、工業労働者が増えました。

そんで、養蚕に収入を頼っていた農家が、ちょっと金持ちになって、ヒエや麦を食べる生活から、米を食べるようになっていきました。


つまり、米が高騰した原因は3つ。

・農業から離れる人の増加

・米の消費量が増えたこと

・戦争の影響で米の輸入量が減ったこと

これらが重なったことが原因になったのですね。

DPP_2925

では、最初に米騒動を起こしたここ魚津では何があったのか?


1918年7月22日の夜、北海道に米を運ぶための船が魚津にやってきました。

しかし、お米が食べたくてよだれを垂らしている魚津町の主婦らは、船への積み込みを中止して、住民に販売するように嘆願をしました。


この騒ぎは巡回中の警官が主婦らを解散させることで収まりましたが、このニュースを聞いた同じ富山県の中新川郡西水橋町もよだれをたらし、問屋や資産家に訴え始めた。


同年、8月6日にはこうした動きが激しさを増して、近隣の町民も巻き込んで1,000名を超える事態になりました。

DPP_2930

そんな北海道に米を運ぶための倉庫がこの十二銀行の倉庫なのです。

そんで、ここにあのお米が食べたくてよだれを垂らしている魚津町の主婦らがいたのですね。


早速、中を見に行きましょう!

DPP_2928

いやー、ボロボロです。


もはや使われていないんですかねぇ。

もしくは、主婦たちによって、倉庫がボコボコにやられてしまったか。


きっと、地面が少し濡れているのは、当時の彼女らのよだれに違いありません。

そうだとしたら、すごい保持力ですね。

DPP_2929

なんか、ほうきとか雪掻き道具とかあるから、物置かなんかになっています。


てか、昔は銀行がお米の倉庫を持ってたりしたのね。

お米=お金みたいなところか。

DPP_2927

倉庫の中はというと・・・。


魚とりの網?




もはや屍ですね。

DPP_2922

結局、京都と名古屋でも米騒動が起こり、全国に米騒動が広まったのだがお米の価格は下がりませんでした。


というのも、政府が国費1,000万円を米価対策資金をしたり、お米の安売りを都道府県に実施させたりしたが、国民の実質収入が増加していたこともあり、自然と解決していきましたとさ。


なんじゃそりゃ。


大きな地図で見る

この記事の著者

SAKURA右足のくるぶし

1988年生まれ。
おっぱいが大好き。
ふざけた文体が目につきますが、本人はいたってふざけております。

この著者の最新の記事

関連記事

ページ上部へ戻る