【高岡命名の地】歴史が生まれた衆徳山 総持寺に行ってきた
どうも、編集長のサクラです。
突然ですがみなさんは、高岡市の名前の由来をご存知でしょうか?
おそらくほとんど、いや90%の人は知らないかもしれませんが、高岡という地名が命名された場所が実はあります。
それが衆徳山 総持寺という瑞龍寺の近くにあるお寺なのですが、かなりマニアックな場所ですよね。
そこで今回は、そんなマニアックな場所だからこそ富山県民に総持寺について紹介していきたいと思います。
ちなみに高岡以外の市町村の名前の由来を知りたい方はこちらにまとめた記事があります。
→【富山の市町村名】95%の人は由来を知らないと思うので調べてみた
画像引用 「衆徳山 総持寺」より
衆徳山 総持寺は、高岡市の瑞龍寺の近くにある高野山真言宗のお寺です。
当山は創建当時、今の高岡市石堤の地にあったといわれ、前田利長(加賀藩二代藩主)守山在城のときは祈願所となり、高岡城移住のときには、利長の意向により現在地に移ったとされています。
そうして、この寺の二十二世快雄和尚が1609年の利長公高岡城築城のときに、利長公より当時関野と呼ばれたこの地の新たな命名を依頼され、中国の詩経の一節により「高岡」と名付けました。
住所
富山県高岡市関町32
電車の場合
JR高岡駅より徒歩11分
車の場合
高岡ICより車で11分
無料の駐車場が併設されています。
ということで、高岡駅から徒歩圏内である胎生院 総持寺にやってきました。
近くには瑞龍寺もあり、県外の方であれば断然そちらをおすすめします。
→【国宝 瑞龍寺】拝観料やアクセスは?ライトアップも美しい
ただ富山県民であれば、瑞龍寺に行った後に車か徒歩でこちらのお寺も見に来てほしいですね。
寺内が気になるところですが、外観にも何やら興味深いものがありました。
『六十六部の石仏』という看板ですが、これは一体なんなんでしょう。
石仏といえば、富山県の珍スポット石仏の森を思い浮かべてしまいますが、ここはどうやら高岡市の景観賞に選ばれた公認の場所。
→圧巻の石像たち!富山の珍スポット「石仏の森」
なんかお寺の周辺には、このようにたくさんの石仏がいました。
六十六部の石仏とは、昔の国の配置数の六十六国を廻国し納経する聖のことで、それに因んで石仏を納めたものだそうです。
ただ、現在は38体のみが残っている・・・あとの22体はいずこへ。
それでは石仏もほどほどに寺内に行ってみましょう。
高岡という名が生まれた場所にもかかわらず意外と小さいですね。完全にイメージが先行していましたけど。
右手には真言宗の開祖、弘法大師空海、左手には光輝く金色の鳳凰がいるではないか!?
めちゃくちゃ神々しいし、繊細に作られている。
ちなみにこちらの鳳凰は、『高岡』と命名した詩経の一説、~鳳凰鳴けり彼の高き岡に~から由来しています。
そして、その説明書きもちゃんとありました。
大まかな内容は、冒頭に述べた通りなのですが、高岡という名が生まれた場所だけでなく国重要文化財もここにはあるようだ。
普段は見ることが出来ないが『木造千手観音座像』という一年に一度11月15日に御開帳され、千の手で我々を救う願いを意味する姿を拝することができます。
気になる方はぜひ。
石碑もあります。
これがあるだけで、本当にここが命名の地なんだと実感することができますね。
もし仮に紙切れ一枚でこのようなことが書いてあるのであれば、それは絶対にヤバいところです。
そして、こちらが本堂です。
檀信徒の浄財により平成15年(2003年)完成した、割と新しいものでした。
堂内には12体の仏様を安置しており、弘法大師空海の伝えた真言密教の曼荼羅世界を表しています。
ここは高岡発祥の地というだけでなく、高野山真言宗のお寺という立派な役割も果たしているのですね。
ということで、ネズミまで金色になっている総持寺。
高岡県民なら、自分の住んでいる市名の発祥の地を訪れてみてもいいのではないでしょうか?
まぁここだけ来てもアレなので、瑞龍寺とセットで行ってみてください。
→【国宝 瑞龍寺】拝観料やアクセスは?ライトアップも美しい
住所 | 富山県高岡市関町32 |
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ホームページ | 衆徳山 胎生院 総持寺 |
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